僕の場合、夜かつ酔って書いたものの始末が非常に悪いです。やはりやたら情緒的で、偏っていて、もう極端に恥ずかしい。
酔っているので書ききらず、朝になってその過ち(ええ、もう過ちです)を恥じてテキストファイルを削除するため幸いにも人目につかないでいるのですが、たまにうっかり書ききってしまってポストしてしまうこともあります。
内容は悪くないんですけどね。隠しておきたい機微がモロに出ちゃって正視できません。
逆に普段思っていて書かないでいることがそれだけ多いのでしょう。それもさらけ出したら一皮剥けるのかもしれないけど、余計なところで他者を傷つけそうでためらっています。はい。
先日よりSEALDsの記事を目にする機会が増えました。
僕はどうも彼らに賛同しきれなくて、そのことに自分自身で驚いています。
というのもかつての僕だったらすぐに賛同していたはずなんです。しかし僕がネットで見た彼らに関する記述はいずれも冷ややかでした。正直なところ、僕はいまだに彼らのことを痛いゆとり学生だと思っています。国会での答弁も正直ピンとこなかった。
インターネットは基本的に自分好みの意見を集めるところです。自分の思い込みを補強する作業といえるでしょうか。
SNSで面白いな、信用できるなという人の意見やリンクシェアを見ながら自分の意見を形成していくのが一般的でしょう。
そうして作られた意見に対する批判や別の意見を比較し多角的な視点から物事を見る、なんてことはほとんどの人がしません。SNSのタイムラインを見ればほとんどの人がそれをしないというのは明らかです。
つまり僕はSEALDsに対する冷やかな意見を一生懸命探していたんです。
「普段なら絶対SEALDsに賛成してるはずなのに」という違和感がずっとあって、というよりホリエモンの意見に一理あると思った自分に強く違和感を持った次第です。
それで自分がすっかり転向していることに気が付きました。
で、自分が転向していたことをあまり受け入れられなくて、とりあえずツイッターで彼らのアカウントをフォローしました(笑) ただ、今のところは無理してる気がします。
だけど、やっぱり怪しい法案に対しては「おかしいんじゃないの」と言う側にいたいです。
(-ω-)
シリア難民を嘲ったイラストが反響を呼んでいます。難民しようという挑発的なキャッチがつけられた腹の立つイラストです。
作者は元来バカウヨ嫌韓漫画を描いており、そちらの業界ではそれなりの需要があるのかもしれません。
僕には性根が腐ってるようにしか映りませんが、"難民しよう"というのがそちらの業界では一笑を誘うのでしょうか。
作者は言論の自由があると言っていて、それはその通りなので議論をするのはアリ、なんだけど議論にはならないでしょう。
それで今、Facebookでのイラスト掲載を取り下げるための署名を集めているようです。
ただ数を集めて掲載を中止させる、ってのがど腐れどもの思うツボなんですよね。「数の暴力による言論弾圧」だとか「私達はレイシストだがお前らはファシストだ」だとか言いそう。
「お前のイラスト面白くないよ、話題にする価値もない」
といって無視するのが今のところいちばん無難です。
効果的なのは「可哀想な子がいる」という憐憫ですね。センスがないからバカウヨ受けに走ったんだね、可哀想だねーという。
ヘイトにヘイトを返したら負けです。僕はイラストの作者を検索しちゃったんですが、これもたぶん負け。
こういう手合いにとって、攻撃的な言説は「正当な評価」に値しちゃうんです。
ずいぶん分が悪いのですが、話題にしたら負けなのでこちらも思いっきり誤解して作者に同情をするのがいいでしょう。
だから署名を集めるより作者を救う会を発足させた方がいいですね。作者が何を言っても「そんな強がり言わなくていいよ、可哀想だねー」一辺倒で。
と言って僕はやんないんですけど。
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