2012年8月1日水曜日

ライナーノーツ写経。JAH WOBBLEほか『SNAKE CHARMER』



この辺は知識として押さえておきたいので。写経すると、多少ではありますが記憶への定着が良いです。

予備知識なしで購入した今回のレコード。メンツが確かなので大外れはないと思いましたが、A2が<THE LOFT>クラシック、A2、B3がDJ HARVEYプレイとな。むふふ。

以下、引用。


 ジャー・ウォーブル、エッジ、ホルガー・シューカイ、それにジャケットでこの3人の名の上にクレジットされているフランシス・ケヴォーキアン。この何とも不思議な取り合わせの4人が本アルバムの主人公達である。一人一人については耳にしたことはあっても、全員をよく知る人というのはまずいないと思うので、まず、各人の簡単な経歴を交え、この組み合わせが実現したいきさつについて紹介しよう。


 イギリスでは昨年の初め、日本でも暮に発売されたU2の12インチ・シングル『トゥ・ハーツ・ビート・アズ・ワン』(15S-184)。このB面に収められている「ニュー・イヤーズ・デイ」と「トゥ・ハーツ…」のUSリミックスを担当したのが、冒頭に挙げた4人の1人、フランシス・ケヴォーキアンである。彼は、「フラッシュダンス」から「SAY SAY SAY」まで、大物のディスコ・ミックスを一手に引き受け、今や時の人となっているファンハウスのジョン“ジェリービーン”ベネティスや、ラリー・レヴァン、シェップ・ペティボーン等と並び、ここ数年ニューヨークを基盤に活動しているダンス・ミキサー。最近ではイマジネーション、ジュニア等のディスコ系のアーチストから、スティーヴ・ハーヴェイ、タイム・ゾーン、ポール・アンカ&カーラ・デヴィート等のニュー・ウェーヴやポップ系のものまで、幅広い分野の12インチ・シングルのミキシングでその手腕を発揮。奇才集団マティリアルの連中にも高く評価されているという人物である。元来はドラマーだという彼がリミックスしたそのU2のレコードは、全体的にビートを強調し、所々にエコー等の巧みなサウンド処理を施した、原曲とはかなり趣きの異なるものとなっていたが、それでもU2のバンド自体のピュアな緊張感、エキサイティングな面が見事に表現された逸品に仕上がっていた。


 この出来に満足した発売元のアイランド・レコードが、ケヴォーキアンに同社の他のミュージシャンとまた一緒にやってみる気はないかと持ちかけたのが、この『スネーク・チャーマー』のプロジェクトのきっかけである。彼はアイランド所属のミュージシャンの中からジャー・ウォーブルを指名、ウォーブルはホルガー・シューカイに彼を紹介。またケヴォーキアンはロンドンで公演中のU2のエッジにもこの計画を話したところ、彼も興味を示し、参加することになった。ここで4人が揃ったわけである。英サウンズ紙に語ったウォーブルのインタビューによると、このセッションは当初4曲入りの12インチ・シングルとしてリリースする予定で、昨年の2月より4ヶ月録音が進んだところ、いっそのことミニ・アルバムにしたらどうかというアイランドの提案もあり、結局その後全部で25トラック程録音した中からセレクトされたものがこの『スネーク・チャーマー』として発表されたのだという。


 全編でベースと呪術的なヴォーカルを聴かせるジャー・ウォーブルは、セックス・ピストルズを脱退したジョニー・ロットン改めジョン・ライドンらとパブリック・イメージ・リミテッドの結成('78年)に参加。'80年にグループを辞めるまで、『パブリック・イメージ・リミテッド』、『メタル・ボックス』、『パリ・ライヴ』の3枚のアルバムと、その独特の唸るようなベース・プレイで名を施(馳?)せた。


 またPIL在籍時より、ヴァージン、自己のレーベルJAH、Logo、アイランドより『裏切り』(それをリミックス、再構成した『V.I.E.P. featuring Blue Berry Hill』)、『BED ROOM ALBUM』のアルバムや多数の12インチ・シングルを発表(その中にはダン・マッカーサーという変名を使ってのもの、レゲエの映像作家ドン・レッツ、スティール・レッグとの共演盤、バルトーク、ジュールズとのセッション・レコードもある)。最近はこの『スネーク・チャーマー』にも参加している自己のバンド、インヴェーダーズ・オブ・ザ・ハート・バンドのオリー・マーランド(間もなくABBAとの仕事に入るという)、ネヴィル・マレー、“アニマル”ことデイヴ・マルトビイの3人や、PILの初代ドラマーだったジム・ウォーカー、それにホルガー・シューカイ一派らと行動を共にすることが多く、『HUMAN CONDITION』なるライヴ・カセットを発表している。


 PILの頃よりロックン・ロールを嫌う彼は、ラスタの神から取った“JAH”の名の示す通り、レゲエとりわけダブに傾倒し、多くのセッションでどちらかというと実験的な音作りをしてきた。ホルガー・シューカイとジャキ・リーベツァイトとの共同制作によるマキシ・シングル「ハウ・マッチ・アー・ゼイ」('81年英アイランド、その後'83年にはドイツEMIより出たホルガーのサード・アルバム『舟海』にも全曲収録、日本ではテレビCFソングにもなる)、ホルガーのセカンド『イマージュの旅人』('82年)への参加を機に彼らと親交を深めるにつれ、本作に通ずるよりファンキーでまろみを帯びたサウンドへの変貌を遂げている。契約上の関係で、長い間日本でのレコード・リリースがなかった彼であるが、最近の精力的な活動振りには目を見はるものがあるといえる。


 エッジは今さらいうまでもない、現在人気急上昇中のU2のギタリスト。アイルランド出身のバンドの中で、彼はロンドンの生まれである。政治的主張をあらわにするグループにあって、どちらかというとミュージシャン、職人といった感が強い。キーボードも弾くが、それよりまずギタリストとしての部分が彼の身上であろう。先頃の日本公演でも、アイドル的な人気を得たボーノとは対照的に、元クラッシュのミック・ジョーンズや元テレヴィジョンのトム・ヴァーラインを思わせるワイルドなカッティング、シャープかつ繊細なメロディーを奏でるギター・プレイで聴衆を沸かせてくれたのも記憶に新しい。ただ、この『スネーク・チャーマー』では彼のそうした特徴あるギターはあまり聴かれない。おそらくエッジはU2のメンバーとしての活動とこうしたセッションとを分けて考え、グループに居ては果たせなかった違うジャンルの音楽へのアプローチをしたかったに違いない。U2のレコードでは、ある程度決められた構成の中で、一人暴れ廻っていたように思えた彼のギターも、ここではリラックス、伸び伸びとしたアド・リブ中心のスタイルになっている。何でも彼は、この録音にはいる前はポーランド軍隊オーケストラとも仕事をしていたというし、レコーディング中もホルガーの“ディクタフォン”をかなり弾きたがったという話もあるほど。ともあれ、U2の“エッジ”しか知らなかったファンは、このアルバムで彼の別の面に接することが出来、興味深いのではないだろうか。

 そしてもう一人は今年46歳になるホルガー・シューカイ。若い音楽ファンにはあまり耳馴染みのない名かも知れないが、彼は'68年から'77年までドイツ体験派のグループ、カンのベーシストだった。このバンドは民族音楽、現代音楽、ロックン・ロール、サイケデリック…とあらゆる音楽の要素を融合させたカオス的、元祖オルターネイティヴというべきサウンドで知られ、現在まで全ヨーロッパの自覚的ミュージシャン(特にPILのジョン・ライドン、元バズコックスのピート・シェリーがそう)に大きな影響を与えている。その中心人物だった彼自身も、幼い頃からベルリン・フィルのコントラバス奏者を目ざしクラシックの猛レッスンを受け、ケルンの音楽アカデミーではシュトックハウゼンのもとで現代音楽の作曲法を学び、またフリー・ジャズ・バンドに参加したり、ビートルズ以降ロックへも取り組むといった様々な音楽的背景を持っている。'79年の初ソロ・アルバム『ペルシアン・ラヴ』(標題曲は日本でもテレビCM、スネークマン・ショーの『戦争反対』で使われた)では、良きパートナーのエンジニア、コニー・プランクと共に、テレフンケンのテープ・レコーダーとわずかばかりのイコライザーを駆使し、テープを編集。ラジオの受信音からシンセサイザーまでのあらゆる“音”をコラージュした、どのジャンルにも属さない万華鏡のようなサウンドを生み出し、各方面に衝撃を与えた。その後はジャー・ウォーブルの所で触れた2枚のアルバムを残し、カンのドラマーだったジャキ・リーベツァイトと一緒に、日本の異色アーチストのフューや、ユーリズミックス、元ジャパンのデヴィッド・シルビアンと共演するなど、その活動は多岐に渡っている。

 この『スネークマン・チャーマー』での彼は、ミキシング技術、スタジオ・ワーク的な事は人に任せ、もっぱら作曲家あるいはディクタフォン、フレンチ・ホルン他の楽器のプレイヤーとしての仕事に徹しているかのようだ。しかしアルバム全体のサウンドは、ウォーブルとの共同作業で見せたものにかなり近いようにも思える。

 あともう一人、アイランドから出ているアフリカ音楽のコンピレイション・アルバム『サウンド・アフリカⅡ』のまとめ役でもあるOrchestre Jaziraのジュ・ジュ・ギタリスト、ベン・メンデルセンも参加していることを付け加えておこう。

 さて、固有名詞を挙げているだけで、紙面も尽きてしまったが、特筆すべきは今まで挙げてきた種々のジャンルに及ぶミュージシャン達をまとめ上げた、プロデューサーも兼ねるフランシス・ケヴォーキアンと、アシストもつとめるポール・スマイクル(最近はブラック・ウフルーのダブ・ファクター・アルバムを手がける)の手腕だろう。参加メンバーの顔振れを見るだけで、いったいどんな音楽が飛び出してくるのかという懸念を持ったが、案に反し、非常に聴き易く、上質のジャズ・ファンクというべき仕上がりを見せている。自らもコンピューター・ドラム・マシーンのプログラミングを担当するケヴォーキアンお得意のヒップ・ホップ・サウンドはB①のスクラッチに見られるようにあくまで隠し味として使われ、それでいて各メンバーのプレイの聴かせ所はしっかり押さえるという、冴えたミキシングがなされている。ピッグバッグを思わせる爽快なファンク・ナンバーのタイトル曲から、エッジのギターがなければまるでシャカタクの新曲のごときA②、一聴しただけでホルガー・シューカイのそれと判る印象的なキーボード・フレーズを持つB③など、枚挙にいとまがないほどだ。

 是非、良質のスピーカー・システムの前で、あなた自身の耳で、思う存分楽しんでいただきたいと切に願う。

  '84. Winter POP-TOWN<サークル45>
                                         清宮 基邦

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