2021年5月15日土曜日

コロナ禍下(ころなかか)で。

 初めてコロナ禍下という言葉を使ってみましたけど、多分間違ってますよね。


ここ約一年、自分のブログにその時思ったことをずっと書いていた。いや、ずっと書いていたというほど頻度は高くないんだけど。愚痴でいいや、という軽い気持ちと感情をきちんとスケッチしておこうというやや重い気持ちとで書いていた。

あとから「当時どう考えていただろう」というのを見直せるようにしたい。311の時にことをあまり思い出せなくなっている気がする。思い出せないし、あとから見た番組や記事と記憶がないまぜになっている気がする。

今後、布マスクの全戸配布を指揮した人の特集番組なんかを見てしまうと「あのマスクが何かしらの安心感を市民にもたらしたのは間違いない」とか思ってしまうと思う。
だから「あのマスク配布には呆れた」ということはちゃんと書いておくことにした。

だけど個人的に酒量が増えあれこれ考えるより眠るまで酒を飲んでいたくなった。「良くねえなぁ」と思いつつ飲んでいる。

で、ここ一年書いてきて思ったのは「止める」ことの難しさだ。「あれこれ落ち着くまで一旦止めましょう」と言えないシステムの上で今まで生きてきたんだなー、めちゃくちゃ危ないじゃん。ブレーキのついてないクルマに乗ってるようなもんだ。
市民の健康(感染症対策)と経済活動が天秤にかけられること自体にすんごい違和感を感じた。健康は基礎であって、それを賭けに使ってはいけないと思う。

あとは、給付金を出すにしろ和牛チケットを出すにしろ五輪を開催するにしろ中止にするにしろ責任をとるべき人が誰なんだかわかんないまま無駄に一年が過ぎた。
この宿痾はいつから始まったんだろうか。2012年からだろうか、戦前だろうか。
五輪が開催されても中止になっても「私は中止すべきだと思っていたが状況が許さなかった」「私は開催すべきだと思っていたが状況が...」と関係者全員が言うだろう。もう少し時間が経てば「給付金は即時配布すべきだと思っていたが状況が許さず...」、「都市封鎖すべきだったが経団連から圧力は相当で...」、「ワクチンの手配がなされていなかったことはすぐに国民に知らせるべきだったが言える空気ではなかった」とか色々聞くとになるだろう。

とか、そんなことをずっとつらつら書いて細々生きています。

(時の間に寄稿)

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